『べらぼう』横浜流星の眼差しの変化が頼もしくも切ない 蔦重の差別に対する逆襲の炎

『べらぼう』蔦重の差別に対する逆襲の炎

 時代の風雲児となった蔦重(横浜流星)が、いよいよ日本橋へ進出する。その文字だけを見るとノリに乗ったワクワクする展開なはずなのに、なぜか胸がざわついてしかたない。それは、この立身出世劇を邁進する蔦重の眼差しの奥に、差別に対する逆襲の炎が燃えているように見えるからだろうか。

 NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第23回「我こそは江戸一利者なり」。そのタイトルが示しているのは、もちろん蔦重のことである。時は天明3年、大田南畝こと四方赤良(桐谷健太)の人気が爆発していた。蔦重は狂歌本の出版こそ他の書店に遅れを取ったものの、そのブームを見越して世に放った狂歌の指南書『浜のきさご』が大ヒット。一躍、「江戸一の利き者(目利き)」として名を轟かせることになったのだった。

 いつの世も、売れっ子の周りにはいろんな人が群がるもの。蔦重も多分に漏れず、打ち合わせやら宴席やらで耕書堂の店頭に立つ日はほとんどないと言っていいほど。その間の店の切り盛りは、駿河屋の女将・ふじ(飯島直子)や松葉屋の女将・いね(水野美紀)ら、吉原の面々が手を貸していた。「吉原におんぶにだっこで何が風雲児だ」と相変わらずの減らず口を叩く駿河屋(高橋克実)も含めての“チーム吉原”といったところ。蔦重が版元を目指していたころを思い返すと、よくここまで環境を変えてきたと感心せずにはいられない。

 振り返れば、吉原に客を呼ぶための「工夫をしているのか」と、田沼意次(渡辺謙)に問われたところからすべてが始まった。瀬川(小芝風花)や平賀源内(安田顕)、鱗形屋(片岡愛之助)らとの別れを経て、その「工夫」は「夢」へと変化。本で、この国をもっともっと豊かにしていくという大きな夢に……。

 そんなとき蔦重の才覚を自分の手元に置いておきたいと目論む勘定組頭・土山宗次郎(栁俊太郎)から、日本橋出店への資金を出してやってもいいと持ちかけられる。蔦重の心は大きく揺れた。夢の実現に向かって駆け回る蔦重の目に映るものは、もはや吉原の客足だけではなくなったのはたしかだ。しかし、吉原あっての耕書堂であるということも決して忘れたわけではない。そんな悶々とする蔦重の瞳が、がむしゃらに本を作っていたあのころのキラキラとしたものとはほのかに違っていることに気づく。吉原という後ろ盾があったからこそ、ここまで頑張れた。しかし一方で「吉原もん」というレッテルが何度も行く手を阻んできたことを思い出すと、そこに冷ややかな感情が渦巻いているようだった。

 だからこそ、日本橋進出への最後の一押しになったのが、土山から持ちかけられた美味しい話よりも、忘八たちが受けた冷遇話だったのだと思った。「江戸のハズレの吉原もんが日本橋の真ん真ん中なかに店張るんですぜ。そこで商い切り回しゃ、もう誰にも蔑まれたりなんかしねぇ。それどころか、見上げられまさぁ!」と駿河屋に訴える鬼気迫る表情。そこには、この日本橋進出が単なる事業拡大ではなく、吉原で拾われた蔦重ができる世間への逆襲の決意が見えた。

「俺が成り上がりゃ、その証になる。生まれや育ちなんか、人の値打ちとは関わりねぇ。屁みてぇなもんだって。それがこの街に育ててもらった拾い子の、一等でけぇ恩返しになりゃしませんかね」

 そう言い放つ蔦重が頼もしくも、そしてどこか切なかった。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「リキャップ」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる