「働き方改革」における私たちの失敗とは? バブル時代の働き方を振り返って

ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。
第30回は、「働き方改革」で人々の仕事はどう変わったのか、バブル期の働き方を振り返りながら考える。
「働き方改革」は一種のポピュリズム政策?
この10年ほどの「働き方改革」は、一種のポピュリズム政策だったのではないか。もちろん、労働問題や長時間労働の解消は多くの国民にとって重要な関心事だったのは間違いない。その中で、「ブラック企業」批判という言葉が特に熱狂を加速させた。時間外まで働かせる会社=ブラック企業。それを至上の社会悪に設定し、国民の不満のはけ口にしてしまったところがある。そして、あまりにこの価値観が社会全般に広まった結果、いつしか日本人は「働くことそのもの」を恐れるようになってしまったのではないか。
かつてのトレンディドラマの登場人物たちは、皆軽やかに働き、アフターファイブを楽しんでいた。もちろん、それが可能だったのはバブル期で、経済的に恵まれていたという事情も大きい。海外からは「日本人は働きすぎ」と言われていたが、それも日本が大きな貿易黒字を抱えていたからやっかまれていたということでもある。
当時のドラマを見ていると、やたら登場人物たちがオフィスから誰かに電話をかけているのが気になる。大声で私用電話をしているだけで気をもんでしまう。電話すら苦手となりつつあるZ世代にとっては、信じられない光景だろう。両手に受話器を持って3人が同時に話すシーンも当時のトレンディードラマの発明品。電話がたくさんあるオフィスでしかできないやつ。いつかやってみようと思って、まだ試せていないメディア実験だ。
「アフターファイブ」という言葉もこの時代に広まったものだ。高田純次がサラリーマンを演じていたグロンサンのCMの「5時から男。5時まで男」という言い方もバブル時代特有のもの。このCMで描かれた「5時から男」の原型は、植木等が主演した1962年の映画『ニッポン無責任時代』に登場する“すちゃらか社員”だろう。
植木が演じる主人公・平均(たいらひとし)は、昼はほとんど働かないが、接待になると本領を発揮する。夜のバーで得た情報を使って社内で出世し、取引先をお色気で陥落させて契約を取る。アフターファイブの有能さで成り上がる。こうした社員像は、『島耕作』も同じもの。ややタイプは違うが『釣りバカ日誌』なんかもこの類型だし、『踊る大捜査線』もその延長線上にある。「寄らば大樹の陰」でうまく立ち回りながら、ちゃっかり成果をあげるのが、かつての“理想のサラリーマン”像だった。
松田優作主演の『蘇る金狼』(1979年)の主人公も昼は実直な経理部の部員だが、夜はボクシングで身体を鍛えているという2つの顔を持つサラリーマン。彼は、3億円事件の犯人のように給料日に銀行の車を強奪し巨額の富を手にする。だが、それはあくまで物語の始まりである。彼は、夜の街に顔を出し、強奪資金で武器と麻薬を手に入れ、自らの会社の幹部の弱みを握り、自社の株を入手していく。それでも昼間は相変わらず会社に通い続ける。お金がたくさんあるんだから会社なんて辞めればいいのにとこちらは思うが、サラリーマンのまま、彼は欲望を達成していく。それがこの物語の肝の部分だったのだろう。これがあの時代の物語特有なのか、結局、そういう話が日本人好みなのか。おそらく後者だろう。