悪質クレーマーは“撃退”すべきではない? 苦情処理のプロフェッショナル・関根眞一が考えるカスハラ対応の極意

関根眞一『カスハラの正体』インタビュー
関根眞一『カスハラの正体 完全版 となりのクレーマー』(中公新書ラクレ)

 シリーズ累計30万部突破のベストセラー『となりのクレーマー』がリニューアルされた。著者の関根眞一は、1969年に西武百貨店に入社し、全国4店舗のお客様相談室を担当。これまで多くの苦情に対応してきた、まさにクレーム対応のプロフェッショナル。大幅書きおろしを加えた完全版となる本書は、問題を解決したプロセスだけでなく、現場での失敗例も掲載されており、学べるケースが多い。令和のいまこそ読み直す価値があるだろう。関根が考える、カスハラ対応の極意について聞いた。

相手を正しく捉えられるよう疑って行動せよ

ーー『カスハラの正体』には「もし自分が対応することになったら……」とゾッとする事例が多く掲載されていますが、実際にカスハラは増えているのでしょうか。

関根眞一(以下、関根):「カスハラ」と言われるものだけでなく、イチャモンも含めた悪質なクレームは増加傾向にあります。しかし、一般的にイメージされるように爆発的に増えていると言えるほどではなく、われわれが「カスハラ」という言葉に過敏になっている面もあるのでは。クレームの問題はいつの時代も存在しており、言葉を変えてたびたび話題になります。

 例えば1995年ごろから「モンスターペアレント」が問題になり、私も教育機関に協力して9年間、全国を回って事例集をまとめるなど対策に尽力しましたが、結局それが現場に活かされることはなく、何ひとつ解決しないまま、今ではほとんど聞かなくなってしまいました。結果的に、現場に指導者がいないため結局はその場その場の対応になって根本的に解決しない、というのは教育現場に限らず、クレーム全般に言えることです。そんななかで本書の前身となる『となりのクレーマー:「苦情を言う人」との交渉術』(2007年)をずっとバイブルとして持ち歩いている、という方にも何人もお会いしており、本書もクレーム対応に悩んでいる方々の助けになればと。

ーー本書を読んで感じることですが、クレーム対応はあくまで人を相手にするもので、ケースバイケースでわかりやすい正解がないのも難しいところですね。

関根:クレーム対応の基本についてもまとめていますが、先入観で対応せず、常にこちらに落ち度があれば謝罪できるように軸足を残しながら、相手を正しく捉えられるよう疑って行動することが重要です。

 例えば、本書にも載せている事例として、百貨店でお客様相談室長として勤務していた時代に「お中元としてもらった洋菓子の賞味期限が切れていて、食べて気分が悪くなった」というクレームがありました。「外装に賞味期限の表示がないのが問題じゃないか」という話でしたが、個別包装にそれぞれ表示があり、そもそも受け取りの予定が大幅に遅れたことから期限切れになっていた。メーカーや保健所も巻き込み、「この件について監視委員会を設置すべきだ。そこに私が入って指導したい」と言われるなど大騒ぎになり、金銭を要求されましたが、私は初動で担当から降りており、現場の対応が後手に回ったのが問題でした。私が降りた理由は、競合の百貨店に人物照会を依頼したところ「大地主でお金に困っているわけではなく、問題を指摘してくれるありがたい存在」という評価だったためです。しかし、後から現場に入ると相手の態度がおかしく、疑いながらやり取りをしていくと、実際にはマンションの管理人で、自分の土地でも建物でもなく、金銭目的で自分を大きく見せて相手を威圧しているだけだった。このようにお客様の情報を正確に確認しておかないと、先入観が対応に影響を及ぼすことがあります。

 また、何らかの目的を持った悪質なクレームであることが明確なときは、のらりくらりと対応することも多いですね。相手が「訴える」と言い出せばしめたもので、「書類が届いたら対応します」で終わりです。飲食業においても「気分が悪くなった」というクレームが入ることがあり、明らかに疑わしい場合には「当社の責任なら、受診費用も休職期間の給与も補填しますので」と医療診断を勧めると、クレーマーは二度と連絡してこないでしょう。

クレーマーを撃退することは考えるな

ーー本書を読むとクレーマーに臨機応変に対応し、現場のスタッフを守りながら、ただ叩き出すのではなく良客にしてしまう、という関根さんの手腕に驚かされます。

関根:常に自分と相手の双方にとって最良の結果を目指して、真摯に対応することが大切です。これは理不尽なクレームがきっかけになったものではありませんが、大阪の洋食店から相談を受けて苦情の対応マニュアルを作ったことがあります。「パスタに髪の毛が入っていた」という苦情があり、作り直したものの、同席していた人も料理に口をつけなかったと。気づきにくいところかもしれませんが、単に同席者が気を遣っただけではなく、髪の毛が入っていたのと同じ鍋で調理されていたものがイヤだ、という方もいますし、作り直しても同じメニューというだけで心理的なストレスになるかもしれない。そうであるなら、元々の注文がパスタだったら「ご飯ものにいたしましょうか」など、別のメニューを提供することも提案するのがいい。これはあくまで一例ですが、そうした細やかな対応が、どうしても生じるミスを大きなクレームに発展させないことにつながりますし、かえって安心感を与えてリピーターになってもらえるかもしれない。

ーー真摯に対応されると、客の側も冷静になって「ミスは誰にでもあるよな」と思えそうです。一方で明確な悪意のある“本職”の怖い人と対峙するエピソードもあり、その場であたふたしないように事前の知識を持っておくことが重要だと感じました。

関根:私が最初にその筋の方のクレームに対応したのは、百貨店の宝飾店に設置してあった超音波器具でネックチェーンを洗浄したところ、ダイヤを吊るすための「バチカン」が壊れた、というものでした。巨躯と傷だらけの顔に驚きましたが、努めて冷静に対応していたなかで、当時の係長に助けられたのは、その男がネックチェーンを置いて「車を移動してくる」とその場を離れようとしたときです。これは金銭を目的とするクレーマーの常套手段で、後から「ダイヤが入れ替わっている」と言われたら証明のしようがなく、預かったサービス業の側が不利になってしまう。係長は「この品は預かり証もございませんので、ひとまずはお持ちになってください」と言ってダイヤとネックチェーンを渡し、結果としてこれが勝負の分かれ目になりました。あり得そうなトラブルと基本的な対応策は、きちんと想定しておきたいですね。

ーー「質屋に預ける予定だが店が閉まってしまう、早くしろ」と捲し立て、ボロが出ないうちに押し切ろうとする相手でしたね。即座に質屋の営業時間を確認しつつ、バチカンが壊れていても査定に影響がないことなどを明らかにした上で、「相手にも損がない」落としどころを柔らかく提案して、衝突することなく相手を引き下がらせていたのが印象的でした。

関根:これは相手によらないことですが、間違ってもSNS等で見かける「カスハラ/クレーマー撃退!」のような威勢のいいことは考えないことです。本書ではヤクザとの交渉術についてもまとめていて、「人相に驚かず、事象の分析を正確に伝えて対応すること」「神妙な顔をしながらも、相手の目に柔らかな目線を送り、目をそらすな」「別の者が出てきても、なるべく当事者と話すようにする」などポイントを整理していますので、コワモテの人にクレームをつけられた際の参考にしてみてください。

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