格闘ゲームとダンスミュージックの結びつきは強く、深いーー『餓狼伝説』サルヴァトーレ・ガナッチの登場から歴史を振り返る

格闘ゲームとダンスミュージックの結びつき

発売前から広く話題を呼んだ『餓狼伝説 City of the Wolves』

 『ストリートファイター6』の大ヒット以降、格闘ゲームの主要タイトルには注目が集まっている。4月24日にリリースされた『餓狼伝説 City of the Wolves』はその代表格のひとつだろう。同シリーズ26年ぶりの新作は、新要素も多く話題を呼んでいる。

 とりわけサッカー界のスーパースター、クリスティアーノ・ロナウドの実装はセンセーショナルに伝えられ、FGC(格闘ゲームコミュニティ)のプロ選手も驚きをもって反応していた。さらには本作のサウンドトラックにスーパーバイザー/楽曲プロデューサーとして関わっていたサルヴァトーレ・ガナッチも、プレイアブルキャラクターとして登場することがリリース直前に発表された。

 強すぎるインパクトはときにFGCへ戸惑いを与えていたようだが、ガナッチ実装は必ずしも新規層開拓のための施策ではない可能性がある。つまりFGCにおける正統な文脈を踏襲し、開発側は極めて“誠実な進化”として音楽に関する一連の取り組みを仕込んでいたかもしれないということだ。

Tomorrowland
餓狼伝説CotW |サルバトーレ・ガナッチ

 本稿では、FGCで見過ごされてきた可能性のある部分を、ダンスミュージック目線で語りたい。テクノやハウス、ドラムンベースなどのコンテクストにおいて、格ゲーのサウンドトラックは宝の山だった。

歴代格ゲーのBGMを振り返る

 たとえば『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』(1999年5月リリース)。本作のサントラは、当時が現在ほどゲーム音楽が作品として評価される世の中だったならば、おそらく歴史的なダンスアルバムとして名声を得ていただろう。いまから再評価される流れも十分にありえるはずだ。

 「Alex & Ken Stage -JAZZY NYC '99-」はさながらUKのレーベル〈Ninja Tune〉を想起させるブレイクビーツ、「Necro & Twelve Stage -SNOWLAND-」はRoni Sizeばりのジャジーなドラムンベースを聴かせ、「Gouki Stage -KILLING MOON-」ではアーメンブレイクと尺八が見事な邂逅を果たした。

 ヒントの宝庫である本作においてひと際輝きを放っているのが、「Elena Stage -BEATS IN MY HEAD [TRIBAL DANCE]-」だろう。UKガラージからの影響を感じさせるベースライン、ソウルフルな女性ヴォーカル、レイヴィーなシンセサウンド、裏でひたすら鳴るトライバルなパーカッション……。これだけ盛り込んで破綻なくクールな作り込みには感服せざるを得ない。

 

 これらの文脈は最新シリーズにも引き継がれ、『ストリートファイター6』でもあまたのキラーチューンが鳴っている。たとえばステージBGMの「The Macho Ring -Stage Battle」は、2012年に発売された『エクストルーパーズ』でもプレイヤーを躍らせまくった北川保昌氏が手掛けている。力強いキックと、多様なビートが印象的なドラムトラックだ。

 そして6月4日(日本時間)に実装された新キャラクター・エレナのテーマに関して、同ゲームのディレクターを務める中山貴之氏は以下のように語っている。

 UKのクラブシーンから派生した音楽カルチャー、アシッド・ジャズ。その元祖のひとりであるジャイルス・ピーターソンが1990年に設立したレーベルの楽曲がリファレンスとして言及されているのだから、やはり同シリーズにおいてダンスミュージックは重要なインスピレーションのひとつなのだろう。

 『デビル メイ クライ 5』(2019年リリース)ではハイテンポでサイバーな4つ打ちを聴かせていた寺山善也氏が、この楽曲ではスムースで肉体的なテクスチャーを実現した。

『ストリートファイター6』エレナ(Elena)ゲームプレイトレーラー

 そして以下の画像は、5月17日から18日にかけて開催された、格闘ゲーム大会「Brussels Challenge Major Edition 2025」における『ストリートファイター6』部門の様子だ。

Reversalより

 日本の豪鬼使い・ボンちゃん選手が制した本トーナメントにて、コメンテーターのひとりに名を連ねたローガン・サマ(写真右)。今大会に限らず「EVO」や「Red Bull Kumite」でも解説を務める同氏は、UKでグライムDJとしても名を馳せている。クラブカルチャーにおける名物プロジェクト『FabricLive』シリーズにも抜擢されており、彼は『FabricLive.83』を担当した。同シリーズの前後にはBoys NoizeやGroove Armadaらが名を連ねていることから、どういう存在なのか理解できるのではないだろうか。

 ちなみに彼はDJとして2018年6月に来日しており、いまはなき東京・渋谷SOUND MUSEUM VISIONにて、オーディエンスをめくるめく低音の渦へ誘った。

 続いて、『鉄拳』シリーズについて語りたい。ナムコ時代から続く格闘ゲームの代表格は、音楽においてもカッティングエッジな内容を貫き続けている。エレクトロニック・ミュージックの文脈においても白眉があり、たとえば『鉄拳タッグトーナメント』(1999年7月稼働開始)のサントラは、さながら天才トラックメイカーたちのスーパーコンピレーションの様相を呈している。

 遠山明孝、三宅優、佐野信義、岡部啓一、濱本理央ら各氏が参加したアーケード版の段階で踊り狂っていた。その後2000年3月にPS2版がリリースされるが、佐野氏が制作した「Yoshimitsu Stage」などはミニマルテクノのパーティでかかっても全く違和感はないだろう。三宅氏の「Eddy Stage」に至ってはもはや、真っ暗なフロアの様子まで容易に想像できる(特に前半部分)。

 

 最新シリーズでも健在で、『鉄拳8』では大久保博氏らも名を連ね、さらに幅が広がっている。同氏が手掛けた「The Decisive Blow (Climax)」は昔といまのUnderworldを繋ぐようなニュアンスで、AJURIKA(遠山氏の別名義)がプロデュースした「Neo City (Climax)」はまるでSkrillexとThe Prodigyを掛け合わせたような内容だ。そしてここで名を挙げた多くのプロデューサーが、実際にDJやダンスミュージックのユニットとしても活動している。

The Decisive Blow (Climax)

 『バーチャファイター』にも触れておこう。同シリーズは比較的ロックの要素が多めだが、『バーチャファイター4』(2001年8月リリース)はかなりダンスフロア寄りだ。パイのステージBGM「BLUE IMPACT」やサラのステージBGM「TERMINUS」では、ローランドの『TB-303』が効果的に使われている。アシッド・ハウスの余波は80年代後半からあらゆるカルチャーに散見されたが、90年代以降はゲーム音楽にもその影響が顕著である。

 そして2025年1月に行われた「おじHUNT #5 べてぃ vs 大須晶」以来、再注目されている動画「こくヌキ王国#76「豪傑の真実」。eスポーツフォトグラファーにして『バーチャファイター』シリーズのレジェンドプレイヤーである大須晶氏にフォーカスしたこの動画だが、そのBGMに注目してほしい。

 カール・クレイグにジョーイ・ベルトラム、ホアン・アトキンスやデリック・メイ…。アンセムに次ぐアンセム。選曲者の名は明かされていないが、ほぼ確実に週末の居場所は新宿時代のLIQUIDROOM、あるいは青山のMANIAC LOVE。もしくは西麻布のYELLOWだったかもしれない。いずれにしても我々アラサー世代以下が間に合わなかった感覚の持ち主だろう。

 現在のチャートに無理やり当てはめるならば、サカナクションとCreepy NutsとYOASOBIが全組入っているようなラインナップである。

こくヌキ王国#76「豪傑の真実」

盤石の布陣で制作されたステージBGM

 それを踏まえて、『餓狼伝説 City of the Wolves』の話に戻ろう。ガナッチをはじめ、本作にはステージBGMのプロデューサーとして世界各地から“本職”のビッグネームが集結している。全員、ひとり残らず超大物だ。しかもジャンルや世代を超えて集まっている。クレジットされているアーティストの名前をあらためて並べてみよう。Afrojack、Alan Walker、Alok、Artbat、Butch、Luciano、R3HAB、Sidney Samson、Solomun、Steve Aoki。これに最も近いラインナップは何か? ベルギーの大型フェス『Tomorrowland』か、アメリカの『Ultra Music Festival』だろう。

 ハウス界のスーパースター・Solomunが以前『Tomorrowland』に出演した際の動画は、5月30日時点で1000万再生を超えている。

Tomorrowland 2015 | Solomun

 ここまで読んでくださったみなさんに、あらためてSNKの開発チームに想像力を働かせていただきたい。このラインナップを実現できたとき、小躍りする彼ら/彼女らの姿が浮かんでこないだろうか。それは自己満足などではなく、あくまでユーザー目線の歓喜だったはずである。もちろん新規層開拓のプロモーションにも大いに期待していたはずだが、同時にこれまでFGCが歩んできた道のりを突き詰めた結果でもあるのだ。

 その意味ではまだまだ本作は発展途上。十分に熱意が伝わっていないということは、まだ伸びしろは残されているという見方もできる。なにせ、名のあるインフルエンサーのなかで、筆者が観測した範囲内ではあるが、Steve Aokiに反応したのはホロライブのラプラス・ダークネスだけなのだから。ガナッチが出演したパーティ(@新宿・ZEROTOKYO)に足を運んだ紳士・淑女のみなさん、『餓狼伝説 City of the Wolves』をお手に取ってみませんか。

 5月23日にはタイのラッパー・MILLIを迎えてコラボレーションMVを公開した。ヒップホップももちろんクラブカルチャーにおいて重要である。

FATAL FURY CotW × MILLI|Collaboration Music Video

 冒頭でも少し触れたが、ゲーム音楽の作家陣に対し、しかるべきときに正統な批評が足りなかった。それもこのミスマッチ感を生んでいる要因のひとつだろう。音楽メディアのていたらくを指摘する声もあるだろうが、個人的にはその通りだと感じている。しかし同時に、挽回可能だとも考えている。

 本作のリリースは、再評価に繋げるだけのパワーがある。ガナッチという強烈な個性を持ったDJも、起爆役を託すにはあまりに大きな存在だ。FGCにおけるルネサンス、それはいま。我々が殴り合っている横では、今日もダンストラックが鳴っている。

Tomorrowland

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