『無気力探偵』「小市民」シリーズ『その意図は見えなくて』……高校生が主役のミステリ×青春小説3選

『無気力探偵』他、青春ミステリ小説3選

 米澤穂信「古典部」シリーズ、初野晴「ハルチカ」シリーズ、似鳥鶏「市立高校」シリーズをはじめ、高校生が主役の青春ミステリは読者の心を惹きつけてやまない存在だ。

 誰もが通過していく学生時代が描かれていることで、読者は時に共感し、時に「こんな青春なんてない」という気持ちをかき立てられることも……。ミステリが持つ面白さに青春の引力が掛け合わされた物語は、どうしようもなく抗いがたい魅力をもっている。

 今回は、そんな青春ミステリの中から、ただ眩しいばかりではない青春が描かれているおすすめ作品を3作紹介したい。

名探偵はやる気なし? 気鋭のミステリ作家の原点が完全版で復活『無気力探偵~面倒な事件、お断り~[完全版]』(MPエンタテイメント)

『無気力探偵~面倒な事件、お断り~[完全版]』(楠谷佑/MPエンタテイメント)

 霧島智鶴(ちづる)は、類まれな推理力を持ちながらも「できるだけ労力を使わない職業に就きたい」と考えるほどやる気のない高校二年生。ある日、友人の揚羽とともに下校していた智鶴は空き地でダイイングメッセージを残して事切れた死体を見つける。第一発見者として警察で事情聴取を受けることになった二人は、ちょっと迂闊な県警の刑事・熱海から容疑者の目星はついていると聞かされる。しかし、智鶴の推理は違う人物が犯人だと告げていて……。(「第一章 ダイイングメッセージはいつの時代もY」)

 最初に取り上げるのは、ローテンションな名探偵が主人公のミステリだ。数あるミステリの中には、さほど謎解きに意欲的ではない探偵役もいる。

 楠谷佑『無気力探偵~面倒な事件、お断り~[完全版]』(MPエンタテイメント)の主人公・智鶴もその一人。書名の通り、智鶴は高い推理力とは裏腹に教室で素早く動けば注視され、大きな声を上げればクラスメイトに衝撃が走るほど無気力な人物だ。

 とはいえ、どんなに当人にやる気がなくとも世界は名探偵を放っておかない。智鶴のもとには、推理を楽しんでいた頃の彼を知る友人の揚羽、彼女から紹介を受けた後輩の柚季、智鶴の推理力に助けられた熱海から事件が持ち込まれることになる。

 やる気がないとは言いつつも、事件を前にすると黙ってはいられないのもまた、名探偵の性である。名探偵には誤捜査の綻びや犯人が残した情報が見えてしまうもので、智鶴は次々と起こる事件を持ち前の推理力で解決していく。ダイイングメッセージを残した死体、贋作とすり替えられた美術品の謎、熱海の従妹を襲った誘拐、脱出ゲームで起こった謎の発火と厄介オタクの死……。

 各章で起こる事件は犯人あてが軸となるストレートな仕立てだが、こうして並べてみるとわかるように、章ごとに異なる角度の謎で読者を楽しませてくれる(ちなみに、書き下ろしの番外編はラブレターをめぐる「日常の謎」である)。さながら、これからもっとミステリを楽しみたい人への招待状のような一冊だ。

 智鶴の推理は情報を細やかに拾い上げることで組み立てられており、彼の推理をなぞるうちに自然と読者の目も丁寧に埋め込まれた謎の欠片に気づけるようになっていく。作中で提示される謎に自分で考えを巡らせる楽しみを教えてくれる点には、著者のミステリ愛と書き手としての誠実さを感じる。

 また、各章の事件が鮮やかに解決されると同時に、三年前に起こったという事件への興味を掻き立てられる構成も巧みだ。

 どんな名探偵も、いつも完璧ではいられない。智鶴の中に影を落としていた事件の詳細が明かされていくにつれ、読者は彼もまた一人の高校生なのだと気づかされる。

 智鶴は、探偵や謎解きに興味を失うきっかけとなったその事件で母を失い、母を殺した犯人を逮捕できなかった刑事の父に失望している。どんな事件も難なく真相を見抜いてしまう彼が探偵や謎解きに興味を失うきっかけとなった事件が紐解かれる第五章では、どこか一歩引いたところのあった智鶴の内面がむき出しになる瞬間が訪れる。連作短編の良さは物語の切れ目がわかりやすく読みさしやすい点にあるが、ぜひこの章までたどりついてほしい。

 才能ある探偵役は、しばしばツンとしていたり世を拗ねていたりするものだが、意外にも(?)智鶴は友人たちや現在の保護者である叔母に対して思いのほか柔らかい親しみを示している。事件の合間に描かれる揚羽や柚季との交流をはじめとする日常パートは楽しく、友人たちには強く出ようとはしない智鶴の様子は微笑ましい。そうした青春要素とともに智鶴の高校生らしい一面が次第に露わになる点も、本書の読みどころだ。

 『無気力探偵』は「小説家になろう」から書籍化を果たした著者のデビュー作で、「 マイナビ出版ファン文庫」より2巻まで刊行されている。この度、マイナビ出版の新文芸レーベル「MPエンタテイメント」で復活するにあたって、加筆修正と書き下ろし番外編が加えられた。いっそう魅力を増した物語は、既存ファンはもちろん、新しい読者にも広く届く面白さを備えている。

 著者は、本書でデビュー後、家事代行サービスでバイトする大学生が派遣先の熱血刑事が抱える事件を解決する『家政夫くんは名探偵!』を刊行後、その時々の注目の新鋭を集めたレーベル「ミステリ・フロンティア」より『案山子の村の殺人』(東京創元社)、全寮制の男子校が舞台の『ルームメイトと謎解きを』(ポプラ文庫)を刊行。4月に刊行されたばかりの杉江松恋編『名探偵と学ぶミステリ 推理小説アンソロジー&ガイド』(早川書房)にホームズとワトソンが寄宿学校で起きた事件に挑む短編を寄稿するなど、着実に活躍の場を広げている。

 『無気力探偵』は、これからますます注目を集めること必至の作家・楠谷佑に触れる最初の一冊としてもおすすめだ。6月に刊行が予定されている2巻では、智鶴の好敵手となるエリート警部も登場する。

 『無気力探偵』を再び送り出した「MPエンタテイメント」は、ミステリ・ホラー・ファンタジーをはじめとする幅広いエンタメ小説を刊行するレーベルだ。今後の刊行ラインナップとして挙げられているのは、水鏡月聖、蒼月海里、十文字青、久青玩具堂、藍内友紀、綾里けいし、夢見里龍、森晶麿と、いずれも本好きの心をくすぐる作家ばかり。新しく誕生した文芸レーベルが見せてくれる物語に期待を膨らませつつ、続報を待ちたい。

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